interview

市橋 織江 インタビュー

「生きている場所」
を撮る

『サマーアフターサマー』の撮影はいつ⾏いましたか?

2022年の6⽉から9⽉にかけて、6回に分けて撮影を⾏いました。
東京から⽇帰りで⻑野に⾏った時もあれば、⼀週間くらい滞在して撮影した時もあります。

実際に撮影に⼊るまでのプロセスを教えてください。

ほとんど何も決めずに⾏って、何を撮るかも決めずに歩き、特に何も決めずに撮りました。最後までそうでしたね。

撮影する場所はどのように決めましたか?

それぞれの地区を⾃由に歩き回って撮影するパターンと、何かしらの施設に⾏くパターンの2種類がありました。無計画さを⼤事にしていたので、事前に許可を取らなくても写真を撮れる場所や、後から許可を取った時にOKが出そうな場所を中⼼に撮影しました。

⼀つのまちの⼀番端っこみたいな場所でクルマを降ろしてもらい、そこから半⽇くらいかけてまちを歩き、また端っこでクルマに乗せてもらう、という撮影の仕⽅です。撮った場所を後ですべて(掲載の許可取りなどを⾏う担当者に)報告するために、すべてのカットに対して「どこで撮ったか」が分かるように⼯夫しました。

まずクルマから降りた時にその場所の住所を書いたボードを⼊れて⼀枚シャッターを切り、最後にクルマに乗った場所でも同じことをしたんです。その間に歩いた場所は、後ですべて⾃分の記憶をたどって思い出していきました。「この道をこうやって歩いて……」と思い出し、ストリートビューを⾒て「あ、ここにこういう家があったな」などと確認していきました。最終的にフィルム100本、約3600枚ほど写真を撮りましたが、全ての写真の撮った場所と歩いたルートが記憶に残っていました笑。

シャッターを切る際に、特に意識したことがあれば教えてください。

例えば「松本地域らしさ」だったり、事前に持っている⼟地のイメージというものにできる限り縛られず、実際にそこに⽴った時に感じることと視えるものだけに集中しようと思いました。あとは「⽣きている場所を撮る」というのが、⼀番意識したところですね。

今回撮影したような場所って、⼈がたくさんいるわけではありません。そこで何に⽬が向くかというと、写真的な⽬線で⾔うとちょっと朽ちているものに味わいがあったりして、廃墟になっている場所などを撮りがちです。でも、それが松本の良さではないと思うし、そういう写真を撮っても地元の⽅は嬉しくないのではと思いました。

だからそういう過去の場所ではなく、「⽣きている場所」を撮ることをすごく意識しました。

「⽣きている場所」というのは、「⼈が⽣きている場所」でしょうか。
「場所⾃体が⽣きている」という意味でしょうか。

どちらもですね。「朽ちていない」というか、「死んでいない場所」。加減がすごく難しいですけどね。

まちの⼈の個⼈的なものを写すことはできないけど、⽣活がちゃんと⽣きている場所。そのバランスはけっこう難しかったです。

写真の四隅の
外側にある気配

写真集の終わりに、⼟砂降りに遭遇した話を書かれています。あのような出来事が実際にあったのですか?

そうです。
安曇野で、そういう出来事がリアルにあり、とても印象に残っていました。

今回、松本地域を歩く中で特に感じたことを教えてください。

ここまでまちをすみからすみまで歩くことはあまり無いので、⾯⽩かったですね。地区によっても全然違いますし。あと、⽬の前に存在しているもの全てをすごく客観的に捉えていたので「⼈の営み」みたいなものはものすごく⾒ました。

もう、凝視して歩いていましたから。家のつくりとか、家の外に置いてあるものとか、道端にあるものとかを本当にくまなく⾒て歩いたので、⼈⽣の中の体験として⾯⽩かったです。「⽣活の仕⽅」というんですかね。そういうものを⾒たと思います。

市橋さんは以前から、「はざまにあるものを撮る」ということを⾔われています。
今回撮られた写真も、特別な場所や瞬間ではなく「はざまにあるもの」だと感じました。

そうですね。今回、最終的に本にまとめた時にすごく思ったのは、何か「気配」みたいなものがうようよしている感じがすごく出ているな、ということです。特定の何かを撮っているわけではなくても、写真の四隅の外側にある気配みたいなものが、何かただよっている感じがすごくしました。

それを、外⼭さん(『サマーアフターサマー』の絵・デザインを担当した外⼭夏緒さん)が、描いてくれた感じがします。外⼭さんも「気配、気配」とずっと⾔ってイラストを描いていました。「なんかうようよしているよね」と。

外⼭さんのイラストについて、あらかじめ市橋さんからイメージを伝えたりしたのですか?

いいえ、何を描くかは外⼭さんが決めています。ただ、写真が組み上がった段階で、外⼭さんが「写真だけでもう完成されているので、イラストを⼊れるのをやめませんか」と⾔っていたこともあったんです。「この写真の上には乗せられない」と⾔って。それに対して私が「⼀回やってみましょうよ」というところから始めました。

何度もやり取りしながら、「この空間は⾒せたい」とか「この写真には乗せてほしい」など、⼤まかにお伝えし、外⼭さんも「本の流れとしてここにはこういう絵があった⽅がいい」とすごく考えて、何度も何度も描き直して下さいました。最終的には思っていた以上にイラストが乗ったのですが、それがすごく良くて、嫌だと思うページがまったくありません。外⼭さんの底⼒はすごいな、と本当に思いました。

外⼭さんとは動画でもコラボレーションされていますね。

「サマーアフターサマー」は、外⼭さんのイラストと私の写真がかなり深く関わり合っているので、動画でもその関係性は保ちたいと考えました。

もともと写真と⼀緒にムービーも撮ってくださいという依頼でしたが、実際やってみると頭の切り替えが難しくて、写真は撮れすぎるほどでしたけど、動画は思うように撮れなかったんですね。

悩みましたが、外⼭さんのイラストをアニメーション的に動かせるのも動画ならではだし、それと写真の組み合わせで作ればいいと思ったんです。

ディレクションは林響太朗さんです。

林さんはまさに映像制作のトップランナーのおひとりなので、今回ご縁があってディレクションを担当してもらえることになり、夢のような実現に本当に感謝しています。

私からは、初めは写真の素材だけお渡しして、あとは外⼭さんのイラストを動かしてくださいとだけお願いしました。あとは、林さんからの要望で、松本の現地の⾳を録りに後から⾏っています。環境⾳と⾳楽が加わることで、写真の中で時間が流れ始めたことにとても驚きました。イラストの動かし⽅にも⼯夫が詰まっていて、⾵が吹いたり⽔が流れたり、写真は⽌まっているのに4次元的に空間が広がるのが⾯⽩いです。

自分自身が
大事にできる仕事を

今回、⼀冊の写真集として発表することになった経緯を教えてください。

最初は40〜60ページくらいのフリーペーパーとして制作するという話から始まりました。途中で担当者から「(フリーペーパーではなく)本にしませんか?」という話があったんですが、それは私の⽅で⼀度お断りしました。

私はこの5〜6年くらい⾃分⾃⾝の作品を発表していなくて、数年ぶりに満を持して作品を発表するにしては、撮影から発売までの期間が短すぎると感じたからです。「もっとじっくり作ったものでないと作品としては発表できません」とお答えしました。

でも⼀番初めに⾏った時に、撮り始めたら撮り切るまで、まったく加減というものが出来なかったのです。(仕事としては駄⽬なカメラマンですよね、、、)そこから急きょ、「本にする」という話になりました。

そういう経緯があったんですね。

⼀度やり出した後は、全部やり切らないと形にできなかったんです。

松本地域は8つ市や村があり、すべての写真が入るようにしなければなりません。40ページのフリーペーパーだとすると、⼀地区あたり5枚くらいになりますよね。

でも、5枚の写真を撮るだけでも、その地区を全部まわらないと撮れなかったんですよね。実際に撮影し始めてみたら、中途半端にはできなかったという理由です。

この『サマーアフターサマー』を⾒る⼈に伝えたいことや、感じてほしいことはありますか?

⾒る⼈のことはすごく考えて作ってはいるのですが……⾒る⼈に対して改めて伝えたいことはあまり思いつかないですね。
かなりの部分をお任せいただく仕事でしたので、依頼してくれた⽅や現地の⽅たちが喜んでくれたらうれしく思います。

今後の市橋さんの仕事のイメージを教えてください。

今回のように⾃分の中での発⾒がある仕事や、⾃分が写真を好きでいる為に⼤事にできる仕事、いつでも前に進んでいくような仕事を、今後もやっていきたいと思います。

インタビュー 堀場繁樹/撮影 神谷篤史

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